聴講者の感想より

聴講生の声(抜粋)

受講生・聴講生の声(抜粋)

new!  ・・・まずは、6名のレッスンを聴講した。思ったより、先生のおっしゃることが理解できる。お手本を弾いたり、オペラ歌手のように歌ったり、腕を振り回して指揮をされたりするし、音楽用語が多いからだろう。さて、いよいよ、自分の番が回ってきた。丁寧に調弦をして、リーディングのコンツェルト ロ短調 第1楽章を弾き始める。「サンキュー、サンキュー。」曲の途中で止められ、弓の動かし方のワークを教えていただいた。さっきまで分かっていた英語が、急に分からなくなる。ああ、どうしよう。無我夢中で弾いていると、「あなたの演奏をもっと聞きたいけど、時間が来てしまった。ごめんね。君は美しい手を持っている。才能のある子だよ。」と英語で言われ、レッスンが終わった事に気がついた。あっという間だった。こんなに楽しいレッスンは、初めてだ。 今回、私は、美しい音を出すための秘密を学んだ。左の小指の向き、親指の場所、弓の向き、ダウンボウの最後に右手を少し前に出すこと。気をつけて弾くと、本当にきれいな音が出せる。私はうれしくて思わず母に抱きついた。(小学5年 非公開個人レッスン受講)

 

new!  今回ロロンスの公開を初めて聴講し、「先生を喜ばせようとせず、自分が感じるポイントを見つけなさい」 とおっしゃったことは当たり前のことであるはずなのに…印象的でした。これまで 毎回、父ハビブ・カヤレイを聴講してきて、プレイヤーの方々を覆っている殻や皮の原因を根っこの部分で見極めて根気よく解きほぐし、その皮がパチンと弾ける瞬間を魔法のようだと眺めつつ、 觀念的なこと(と感じられがちなこと)を理論的、物理的に言葉に置き換え説明してくださることや、先生が把握し垣間見ていらっしゃる空間的、幾何学的認識を知るのも毎回とても楽しく嬉しい発見でもあったのですが、 同じところを求めながらも、ロロンスのより具体的な技術でのアプローチの説明もなるほど…と思いながら拝聴しました。 言葉には尽くせないことの方が多いのですが…カヤレイ先生方のようなあり方が特別なことではなく、表現者、聴衆、家族も含めた音楽の世界や日常の世界で当たり前のことになればもっと毎日が幸せなのにな、、、と思いました。(一般 毎回聴講)

 

受講生が最初に演奏した時に十分「いい音しているなぁ。。」と思っていましたが、カヤレイ先生の「指導」がはいると、みるみる音が変わるのですね。私は45歳からバイオリンを手にして、趣味でレッスンに通っているのですが、今回ほど「バイオリンの音に感動したこと」はいまだかつてありません。バイオリンの演奏技術ももちろんなのですが「聴く耳」が大切なのですね。今まで自分がいかに「適当に」音を聴いていたのか、と恥ずかしくなりました。(一般聴講者)

 

  若い時にカヤレイ先生の愛情のこもったレッスンを受ける人は幸せだな、と思います。たとえ一回であっても、本当に大切なものを受け取り、将来おとなになっても持ち続け、何かの時に励ましを与えてくれる宝物になると思います。先生の美しい音と共に、そのような光景を見ることは毎回楽しみです。(一般聴講者)

 

このマスタークラスを聴講して、舞台やスポーツの競技にたとえると、コーチにあたる芸術監督と、それに必要な技術を磨いてくれるトレーナーが同時に存在していると感じました。受講生の変容するさまを見て、誰もが芸術家になり得るという確信をもちました。(音大卒業生)

 

このマスタークラスを体験すると、芸術的な音を作りだすことが音楽にとっていかに大切であるか、音色の創造こそ音楽演奏の根幹であると思わずにはいられない。レッスンのほとんどが「音を作ること」「音色の探求」に当てられ、その音色の探求原理や手順を明らかにしてくれる。(一般聴講者)

 

手だけで動かしてる音から、心と一体になった音へ。時代様式を考えないで出してる音から、その時代にあった音へ。体を使わないで出している音から、体と一体になった音へ。集中力のない音から、集中している音へ。先生は瞬時に何が足りないからこの音なのか見抜き、魔法のように全員がどこかしら変化してレッスンが終わる・・・(弦楽器指導者)

 

カヤレイ氏はどのようなパッセージでも的確な練習方法を躊躇なく繰り出し、実際その方法で練習すると見事に音楽が生まれてくるのだ。 これを見ると練習方法とは単独に存在するのはなく、技術と音楽への深い理解から編み出されるものと気がつかされる。このマスタークラスはヴァイオリン関係者ならず音楽を愛するすべての方にお勧めです。(一般聴講生)

 

 カヤレイ氏のレッスンの間に生徒さんの音がみるみる変わっていくことに驚きました。どうやったらあのようになれるのか知りたくて、カヤレイ東京クラスに申込みました。(弦楽器指導者)